映画『PKピーケイ』から見るインド事情

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その他

インド映画『PKピーケイ』をみました。良い映画でした。

インドに行ったことはありませんが、映画からみたインドで気になった点をまとめてみました。

映画『PKピーケイ』とは

PK ピーケイ [ アーミル・カーン ]

インドで制作された映画です。

宇宙からやってきた主人公・通称PKが、宇宙へ帰るために試行錯誤するコメディです。

主人公(PK)のスペック

・身体能力は地球人と一緒。お腹も空くし怪我もする

手を握るだけで、その人の思考を読むことが出来る。言語を取得することも可能

PKとは

「PK」とは、酔っ払いという意味があるそうです。

主人公の常識知らずの行動に対して、周りが『PK』と称することから、主人公の代名詞となってます。

主人公の目的

主人公は、宇宙に帰るため、宇宙船のリモコンを探す旅をしています。

その過程で、神様に頼めば救われるということを知り、様々な神を探し求めます。

監督と主演

監督と主演は「きっと、うまくいく」でもタッグを組んでいた監督ラージクマール・ヒラーニと主演のアーミル・カーンになっています。

きっと、うまくいく [ アーミル・カーン ]

「きっと、うまくいく」は、ビデオ屋さんが選ぶ映画、ビデオ屋さん大賞で1位に輝いた映画です。

 

映画『PK』の主題。

映画『PK』は地球にやってきて右も左もわからない主人公、つまり偏見や知識の無い純粋な主人公が、インドの風習や崇める神について疑問も抱かず信じ続けていく過程で、見る人に疑問符を投げかける内容となっています。

例えば、ヒンドゥー教では、石像に牛乳やオイルや聖水をバシャバシャかけてお世話する儀式がよくあります。その行為をみて、「掛け間違いだ!」というのです。

この行為を提唱した人は、神様との回線をかけ間違ってしまった。いたずらだ!というのです。「だって神様だったら、牛乳を無駄にせず、お腹の空いている子供に分け与えよと言うはずだ」と。

多くの宗教家は、神様とかけ間違えて違う人に繋がってしまっているのだ。

この映画を見たら、宗教家の人たちは怒るかもしれませんね。。。

あくまでも映画なので、フィクションです。

ですが、宗教というものを考える良いきっかけになるとおもいます。

前作である「きっと、うまくいく」もインドの学歴至上主義社会に警鐘を鳴らす内容となっています。

 

映画『PKピーケイ』を見て疑問に思ったこと

「PKピーケイ」をみて気になったことをいくつかまとめてみました。

本編とはあまり関係ないです。

インドとパキスタン問題

冒頭で、ヒロインのインド人女性はパキスタン人の男性と出会い、恋に落ちます。

しかし、宗教の壁に阻まれ、別れを強いられます。

インドとパキスタンって、そんなに歪みあってるの?

日本と韓国みたいなものかなと思っていましたが、全然違いました。

インドとパキスタンは、1947年のインドとパキスタンの分離独立以来、47年、65年、71年の三次にわたって戦争をしています。

ずっとずっと根深い問題みたいですね。

 

インドの免許証には性別が記載されている

主人公は、手を握ることで相手の思考を読み取ることが出来るので、男性の手を握ろうとします。

すると相手の男性は、男同士で手を握るのは変だ!と怒り、免許証を見せるのです。

免許証には男性であることが記載されていました。

日本の免許証に性別欄は?

正直「へええ~」くらいの印象でしたが、気にしていなかっただけで、日本の免許証には?

と思って見てみたら、日本の免許証に性別欄はありませんでした。

他の国は?

アメリカのオレゴン州で、全米初、運転免許証の性別欄に男女以外の性別が加えられることが決まったそうです。

カナダでも2016年以降、男女どちらの自認も持たない人が”X”表記を選べるようになったとか。

つまり、アメリカもカナダも免許証に性別欄があるようですね。

トランスジェンダーに関して後進国と呼ばれる日本ですが、免許証の記載に関しては、先んじていたようです。

 

まとめ

映画「PKピーケイ」からインドという国が少し見えてきた気がします。

しかし、あくまでもフィクションですし。

この映画をみて、インドに偏見を持つのはいけないことですよね。

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