にほんのれきし博物館【27時間テレビ】バカリズムの疑問と回答一覧

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2017年27時間テレビ『にほんのれきし』の通し企画、「にほんのれきし博物館」でのバカリズムの疑問とその回答をまとめました。

 

 

 

にほんのれきし博物館とは

歴史上の出来事の中で、“よく考えたらおかしいこと”をバカリズムが提言。その疑問から、実はこうだったんじゃないかという妄想トークと歴史学者による解説で27時間をつなぎます。(番組HPより)

館長であるバカリズムの独特な感性で沸いた疑問に対して、歴史に詳しい「まなぶくん」というキャラクターが答えてくれます。

まなぶくんの正体

大石学先生です。

東京学芸大学副学長

書籍

 

旧石器・縄文・弥生・古墳時代

バカリズムの疑問

「はにわ」のポーズってなんなの?

まなぶくんの回答

かつては「踊り」だと考えられていた

現在は、「馬曳き」ではないかという説が有力

飛鳥・奈良・平安時代

バカリズムの疑問

美人画って全部同じ顔じゃない?

和泉式部・紫式部・お市の方・寛政三美人など

まなぶくんの回答

美人画という言葉は、個性を表すために明治以降に生まれた

パターン化された絵の技法だった。

鎌倉時代

バカリズムの疑問

源頼朝 平清盛 小野小町

苗字と名前の間の「の」いる?

まなぶくんの回答

天皇から「姓」を与えられると名の前に「の」をつけていた。

中世以降は天皇との関係が希薄になり、苗字を地名から取る人が増える。

天皇からもらったわけではないので、「の」を付けなくなっていった。

豊臣秀吉だけが天皇から「豊臣」をもらったのに「の」をつけていない。

 

室町時代

バカリズムの疑問

『島流し』って実はラッキーだったんじゃないの?

当時は死罪の次に重い罰である

まなぶくんの回答

確かに、島で楽しんでいた人はいるし、島で結婚して妻を持った人もいる。

身分が高いと楽、身分が低いと苦しい。

無事に帰還出来た人もいるが、一度流されると基本的には死ぬまで島で暮らすことになる。

戦国時代

バカリズムの疑問

矢文って刺さる?気づく?

まなぶくんの回答

島原・天草一揆では矢文でコミュニケーションをとったという文献がある。

郡山合戦でも矢文が寝返りに利用されたという文献も

秘密のやり取り、言葉だけではなく思想を伝えられる。

送っておいて気づかれないときもあったと思われる。

江戸時代にはかなり一般的に使われていた。

バカリズムの疑問

直江兼続の兜問題「愛」邪魔だろ?

まなぶくんの回答

LOVEの愛ではなく愛染明王や愛宕権現の守り神・軍神の「愛」

邪魔だったことは間違い無いが。自分の手柄をアピールしたい。

身分の高い人の位置を確かにすることで、士気を高めることが出来る。

バカリズムの疑問

長槍って役に立つの?

長槍問題。6.4mもあった。(2階建てのアパートくらい)

まなぶくんの回答

相手を「突く」ためではなく「叩く」ために使われていた。

安土桃山時代

バカリズムの疑問

『関ヶ原の戦い』後列やることなくね?

『関ヶ原の戦い』は東軍10万人西軍7万人。17万人もいたら後列やることなくね?

まなぶくんの回答

17万人全員が真面目に戦っていたかは疑問だが、後列も基本的には緊張していたはず。

関ヶ原の戦いは8時に始まって14時に終わっている。

そもそも17万人という数も当時は数えるすべがなかったので曖昧な部分でもある。

江戸時代

バカリズムの疑問

長袴って不便過ぎない?

まなぶくんの回答

長袴は高貴な人々の正装であり、不便なのは「争いごとはしません」という意思表示のために着るものだった。

バカリズムの疑問

十手って心細くない?

まなぶくんの回答

身分を表す照明として使われていた。

相手が刀じゃないかぎりは十手で十分。

室内のような狭い場所などでは有効に使えたので利便性に富んでいた。

明治・大正時代

バカリズムの疑問

岩倉具視だけハメられた疑惑

岩倉使節団の写真で、岩倉具視だけが和装、ほかの人は洋装。

岩倉さんだけ、ハメられたため、ひとり和装で恥ずかしめを受けたんじゃないか?

まなぶくんの回答

本当はよく分からない。

だが、和装と髷は海外でも評判になった。

しかし、見世物的な評判だと自分の子供に言われ、それからは髪型、服装も一変した。

 

以上

バカリズムさんらしい、面白い目線でした。

本当はもっと面白かったんですが、ここでは表現出来ずに残念です。

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